ともにいられるなら、なんだってする、なんて。
むかしのあなたからでは、かんがえられなかったのに。
……それでも、そういってもらえるのがうれしくて。
わたしは、いつまで、あなたといられる?
「……おい、トラン。大丈夫か?」
深く椅子に沈みこんで、目を閉じているトランの顔色はお世辞にもよいとは言えず。
うすい瞼の下、閉ざされた瞳はひらく様子がない。
「……トラン?」
そっとクリスが手をのばして、指先を頬に滑らせる。
ちいさく吐息がもれて、すぅと瞳がひらいた。クリスを見あげて、わずか、わらう。
「あぁ、クリス……」
「大丈夫か。顔色が悪い」
「……心配、ありません。ちょっと……暑く、て」
指先で頬をくすぐるように撫ぜれば、くすぐったいのかくすくすとわらった。
そうして、そのクリスの手に頬をよせる。ゆっくりと目をとじた。
「……冷たい飲み物でも、持ってくるか?」
「そう、ですね……」
ささやくように言う声には力がなく、クリスが触れた頬に熱がこもっているような感覚をおぼえる。
心配そうに眉をよせたクリスは手のひらをひろげてそっとトランの頬をつつむ。
手のひらの体温が気持ちいいのか、トランはすこしだけわらって目をひらき、クリスを見あげた。
「すみません、クリス」
「謝るな。……約束しただろう」
よほどのことがない限り、謝らない。
そんな、ちいさな約束を。
そうですね、とトランはわらって、すみません、と再度言いかけて止める。
困ったような、複雑な表情でただ、わらった。
「次、謝ったら散歩に行かせないぞ」
「あぁ、それは困りますね……外に出るの、好きなんですから」
するりと、クリスの手がトランからはなれて。
トランの視線がその手を追って、疲れたのか深く吐息をついて瞼をおろした。
「……眠るなら、寝室に連れて行くぞ」
「ここに、いさせてくれませんか。……寝室は、息が詰まるんです」
寝室は、窓がとおいから。
瞳をとざしたまま、ささやくように告げるトランを見つめて、クリスはうなずく。
「わかった。……毛布を持ってくる」
そらを、みていたかった。
そばに、あなたがいなくても、そのいろが。
いろがあれば、あなたが、いるようなきがしていた。
「トラン?」
毛布を抱えて戻ってきたクリスがトランを覗きこめば、トランはすでに寝息をたてていた。
手をのばし、息をしているかどうかを触れるように確認する。
そうでもしなければ、自分が目を離しているあいだに何かが起こってしまいそう、で。
「……寝てるだけ、だな」
椅子に深く沈みこんだ肢体は細く、呼吸にあわせてわずか上下する胸がなければ眠っているかもわからない。
そっと毛布をかけて、肘掛けに置かれた手のひらを取る。
肉の薄い手のひら。骨ばった細い指。
「……すまない、」
そっと身をかがめる。膝をついて、そうして、その指先にくちづけた。
生き返らせられるかもしれないと聞いたとき。本当は、拒絶するべきだったのかもしれない。
それでも、手をのばしてしまった。
「何かに逆らっても、何ひとつなくても、最後が、」
破滅だと、しても。
「……そばに、いたかったんだ」
壊れているのは、どっちなのだろうか。
もう、きっと自分もこわれてしまっているのだろうか。
いとしいとおもうきもちと、うしないたくないとおもうきもちと。
抱いたいとしさよりも、うしなった苦しさが勝った、その結果が、これ。
「……トラン、私は、」
「……謝らないで、ください」
ふわり、とクリスの髪を手のひらが撫ぜた。
見あげれば、困ったようなトランと、クリスの視線がからんで。
「わたしも、同じです、から」
そばにいたかった。
しにたくなかった。
おいていってしまうことがつらかった。
めをさまして、そこにあなたがいて。
また、こえがきけて、ふれることができて。
……わたしは、それだけで。
「……クリス」
ぽつり、とちいさな声で呼んで。
声にならないことばで、トラン、とちいさく名を呼びかえした。
「後悔など、しないでください」
ゆっくり、トランの手のひらがクリスの髪をすく。
ささやくような声は、やわらかく響いて。
見あげるクリスの視界で、トランの髪が風にふかれてそっと、揺れた。
「わたしは、貴方をうらみもしない、にくみもしない」
そ、と。
クリスが手をのばせば、トランが身をかがめる。
指先に頬が触れて、近くなった距離。
「……そんな顔を、しないでください、クリス」
こつり、と額が触れた。
吐息がまじわるほど近くで、トランはわらう。
「ありがとう。……また、貴方と会えて、うれしい」
だから。
このからだが、このこころが、このいのちがゆるすまで。
わらって、すごさせてください。
いとしい、あなたとともに。
2007/12/18 Ren Katase