Suicide Syndrome








 【終:Nemo nisi mors.】




 声、が、聞こえる。
 やわらかい歌声が、聞こえる。


 降りそそぐような桜の花。
 するりと触れる指先にクリスはうっすらと目を開いた。

 「……トラン?」
 「おはようございます。……目が覚めましたか?」

 くすくすと、楽しげにトランはわらう。
 細い指先がいたずらにクリスの頬を撫でてくすぐった。

 そらには、白い雲。
 コントラストがうつくしい、桃色の花びら。

 (……何、だ)

 ゆめを、みていたような。
 ──どんなゆめ、ですか?
 かなしいゆめ。
 ──かなしいゆめ?
 おまえが、いなくなる、
 ──……そんなこと、ありませんよ。

 「クリス?」

 心配そうな色を宿した瞳が、クリスをのぞき込む。
 そのトランを見つめかえして、ゆるりと首を横に振った。

 「何でもない。ただの夢だ」

 おわってしまうことなど、かんがえていたくはない。
 クリスの言葉にそうですか、とトランはほほえんで。
 そうして、ことりとクリスの肩に頭をあずけた。

 ひらり、ひらりと舞う花びら。

 「寒くなったら言えよ。抱えて帰る」
 「途中まで、歩いては?」
 「駄目だ」

 心配性、とわらう声。
 ただ、肩のぬくもりを想い、そっとその髪に頬をよせた。



 あざやかに脳裏に蘇る記憶は、ゆめか、まぼろしか。



 こわれてしまったオルゴールのような歌声が、耳の奥でこだまする。





2007/12/18 Ren Katase