Suicide Syndrome


【流れ星に願い事を】

 流れ星が消える前に、願い事を3回。
 そうすれば、願いが叶うというよ。


 「トランさん! 流れ星はどこで見られますか!」
 相変わらず行動の読めないノエルのいきなりの台詞に面くらい、トランは目じりの下がった瞳をぱちぱちと瞬かせる。あまりの勢いに椅子から落ちそうになった体勢を整えて、ええと、と頬をかいた。
 「……どこ、と言われても。特定はできませんよ、空は広いですし……ずっと見ていればわかるかもしれませんが」
 言ってから、トランは自分の唇を自分の手でふさぐ。余計なことを言ったかもしれない、と思うも後の祭り。
 じぃっと見つめてくる緑の瞳を直視できずに視線をそらせば、今度は横に座って同じくノエルの勢いに圧倒されていたクリスと目が合った。
 さらにそのクリスの隣では、エイプリルが楽しげに笑っている。我関せず、な様子がいっそ恨めしい。
 「……あれですか、ノエルさん。流れ星が消える前に――という」
 3回願い事を唱えれば、叶うのだ、という。小さい頃に誰もが一度は耳にする、そんな夢物語。
 クリスの言葉にノエルははい!と笑顔で頷く。まったく邪気のない笑顔を向けられ、クリスとトランはそろって顔を見合わせる。
 「宿の窓から外を眺めていたら、見えるかもしれませんね」
 可能性としては、かなり低くはあるだろうけれども。あえて思った後半は言葉にせずにトランが言えば、クリスもそれに同意して頷く。
 流星を探して空を見るのは構わないのだが、今から外に出たい、などという話になると、ほんの数時間前にこの街に辿り着いた身としては少し厳しい。
 疲れているはずのノエルがここまで元気なのは、おそらく好奇心から来るものだろう、と簡潔に予想してトランは笑みを浮かべた口の端を引きつらせた。
 「なるほどー。じゃぁ今日は窓の外を眺めてみますねっ」
 こういうときに、ノエルの素直さはありがたい。内心でほっと息をついたトランは同じように安堵したらしいクリスを横目で見やって小さく頷きあった。


 「クリスは、願い事をしたことがありますか?」
 部屋に戻ってひとつ、トランはクリスに声をかける。グローブをはずしていたクリスはすぃと顔を上げ、それから考えるように視線をさまよわせた。それから思い出したようにひとつ、頷いて。
 「まぁ、小さい頃ならな」
 「小さい頃なら馬鹿そうでしたよね」
 「……馬鹿と書いて素直と読ませるな」
 「気のせいです」
 いつもの笑顔できっぱりと言い切ったトランを真っ直ぐに見つめて、クリスは嫌そうに眉間に皺を寄せた。それでもすぐに何事もなかったようにグローブをベッドの上に放り出すと向かいのベッドに座るトランを見やる。
 「そういうお前は?」
 首を傾げて問いかけられ、トランは肩を竦めてふるりと首を振って見せる。
 「あいにく、作られてから2、3年程度なので。そういう話がある、ということぐらいですね」
 話に聞いただけで、流星などとんと見た覚えもない。もしかしたら見ているのかもしれないが、願い事をする、ということ自体を思いつかないトランには記憶に薄いものだ。
 ふと、思いついて顔を上げる。
 「もし、今なら?」
 問いかけて、今頃空を見上げているノエルのことを思い出す。深夜にまでは及ばないだろうとは思うが、ノエルが流れ星を見つけられたらいいとふと考えた。
 「もちろん神殿のことに決まっている。さらなる繁栄と……っておいトラン。嫌そうな顔をするな」
 意気揚々と胸をたたき、力説し始めるクリスにトランは見るからにげ、という表情を作って見せる。神殿の聖騎士であるクリスの台詞としては非常に当たり前なのだろうが、その神殿と相対する組織のトランとしては面白いはずもない。
 「しますよ。当たり前でしょう」
 溜息混じりに言ってやれば、向かいに座っていたクリスが腰を上げた。短い距離を大またに横切り、トランの横にどっかと座り込む。トランの視界の端で、やわらかそうな金の髪が揺れた。
 「冗談だ。今は、お前のことを願う」
 「……わたしの?」
 座ればそんなに視線の変わらないクリスを見て、トランは問い返す。自分に思わず指を向けつつ。あぁ、と頷いたクリスがトランを覗き込むようにすれば、まだ幼さが残る顔との距離が近づいて。
 「お前と一緒にいたい」
 「……ストレートに恥ずかしい台詞を言わないでください」
 青い瞳を見つめていられずに目をそらした。いつの間にやらベッドに置いていた手はクリスの手が重なっていて逃げも打てるような状況になく。ほのかに伝わるぬくもりがひどく熱く感じるのはトランの気のせいだろうか。
 「嫌か?」
 クリスの視線はそらされない。しっかりと見つめてくる瞳に深く呼吸をひとつしたトランはやっとのことで顔を向ける。頬が赤くなっていないかと、ただそれだけを思いながら。
 「そういう風に確認するところは嫌いです。……わかっていて言うのだから性質が悪い」
 こつり、と額同士がぶつかった。互いにどちらともなくふと、笑う。
 そうしてほんの少しだけ、重なるだけの口づけを。
 改めて視線をあわせて、トランはやわらかく笑いながら冗談交じりに囁いた。
 「今度、流れ星を見たら、同じ願い事でもしましょうか」
 間に合うとは思えませんが、と一言付け加えるのも忘れずに。



2008/04/11 Ren Katase