Suicide Syndrome




 隠れているのはどっち?
 見つからないのはどっち?


 【Hide and Seek】



「ダメだよ、エヴァ……怒られるよ」
 広い屋敷の片隅で、顔を付き合わせて小さく言葉にするアイザックにエヴァリストは不満げに唇を尖らせる。アイザックの友人であり仕えるべき主の一人息子はその父に似たのか随分と自由奔放だ。
 使用人の子であり年が近いアイザックを引っ張り回し、この城塞都市の外へ出ていったり、勉学を抜け出して街を歩き回ってみたり。屋敷へと戻ってきて叱られることなどものともせず、同様に叱られるアイザックを庇いながらまた繰り返す。そんな光景は日常茶飯事になりつつあった。
「外に出るなって言うんだから、別に構わないさ」
「そうだけど……」
 今回エヴァリストが考えた『遊び』は至極簡単だ。屋敷の中でかくれんぼをしようと言うもの。自信ありげに笑うエヴァリストと対照的にアイザックは困ったような表情のまま小さく溜め息をついた。
 この親友は一度言い出したら頑固で聞かない。それがすべてにおいて悪いわけではないし、いいところだとも思ってはいる。……普段は。
「いいから、付き合えアイザック。入れなさそうな場所にはいかないから大丈夫だ」
「……わかった」
 これで場所の制限なしに彼の父の部屋など、アイザックが入れない場所に入り込まれたとしたらたまったものではない。大丈夫と口にするエヴァリストに頷けば、満足げに彼は笑う。
 よしと立ち上がった彼を見上げれば、エヴァリストは周囲に視線を向けるようにしてからアイザックに戻した。
「10分経ったら探しに来るんだぞ」
「わかったよ、エヴァ」
 頷いたアイザックに笑い返したエヴァリストは身を翻して軽い足取りで走り去っていく。姿が見えなくなってから壁の隅を見るようにしながら小さく息を吐いた。
 相変わらず強引だと思いながらそのまま壁に寄りかかって時間を待つ。見上げた掛け時計の、妙に遅く感じる秒針を眺めながらぼんやりと思考を巡らせる。
 10分が長い。ぼんやりと膝を抱えて僅かに欠伸を噛み殺す。ここで間違って眠った日にはエヴァリストに大目玉を食らう。待っていれば長く、何かをしていれば早い。時間などそんなもので。
「……そろそろ、かな」
 きっかり10分。よし、と頷いたアイザックは立ち上がり、エヴァリストを探しに歩き始めた。
 廊下を通り、部屋を覗きながら歩く。アイザックの方が小さいとはいえ、さほど背格好の変わらないエヴァリストの姿を簡単に見つけるのは至難の技だ。何せエヴァリストにとってはこの屋敷は庭も同然。隠れる場所など熟知しているだろうことは予想がつく。
 エヴァリストの自室、食堂、客間。入らないと先に宣言していたエヴァリストの父の部屋を素通りしながら廊下を歩く。今のところ姿は見えない。時折同じ使用人たちが声をかけるがぺこりと頭を下げてやり過ごした。
 どれだけ歩き回ったかわからない。どこにどう隠れたのか、エヴァリストの姿も見当たらない。もしかしたら隠れるのに飽きて、別な場所に行ってしまっただろうか。それともまだ待っていてくれているのだろうか。
 エヴァリストを探して歩き回る。足が疲れて、気力が失われているのがわかってもなお、足を止める気にはなれなかった。
 見つけなければ。
 ただそれだけを思いながら。


 思い出すのはそんな、過去の話。


 小さな頃は範囲が狭くて、それでも小さな身体には広すぎた。
 確実に屋敷の中にいるはずなのに、どこにも姿が見えなくて途方に暮れたことも一度や二度じゃなくて。
 ひとりきりだと心細かった。たとえ父も母もいて、見知った人が多かったとしても、エヴァリストと言う存在は幼い自分にとって特別だったのだから。
(……まるで、かくれんぼが続いてるみてぇだ)
 探しているのは何だろう。存在はそこにある。触れられるほどに近く在る。触れることすら簡単な距離だ。
 じゃあ何を探してる?
(……)
 アイザックは自嘲する。僅かに口許を歪め、瞼を伏せてゆるりとかぶりを振った。
 わかっている。理解している。エヴァリストの心はエヴァリストのもので。探したところで自分が探している『答え』は見つかりはしないのだ。――きっと。
 それでも、と。思わずにいられないのは。
(……オレが、)
 エヴァを。

 ――パァン!

 思考とを銃声が遮り、ゆっくりと顔を上げる。音の方向で場所を何となく把握しながら視線を闇に沈んだ街並みに向ける。
「大尉!」
 背後の部下の声にゆるりと手をあげて制し、鼻に感じる夜の匂いに混じる嗅ぎ慣れた血の臭い。
 怪我をしたのだろう、間違いない。逸る気持ちを抑えながら常通りに口許に笑みを浮かべて見せる。僅かに息を吸い込み、小さく頷いた。
「よし。……行くぜ」



2012/06/24 Ren Katase