(どうするかなぁ)
リーズは現在、すこぶる悩んでいた。
場所は自室、ついでに現在地はベッドの上。手持ちぶさたに動かす指先が銀と言うには光沢のない灰色の髪をもてあそぶ。自分のベッドを占領されているのは別にいい。その占領しているのが言葉にできないほどの大変な苦労をして落とした愛しい恋人なのも別に構わないしむしろ嬉しい。だがしかし、その恋人が深く寝入っていると言うことが現在何よりの問題だ。
細い長身(とは言ってもリーズよりは若干低いが)を器用にまるめて、耳をすませば微かに聞こえる程度の静かな呼吸を繰り返す姿。普段から眠りの浅い印象のある恋人――サルガドがここまで深く寝入る様をリーズは初めて見たような気がした。
さて。サルガドがリーズの部屋で、さらにリーズのベッドに寝ているのはさほど問題ではない。心を許してくれているのかいないのか、まるで気まぐれで警戒心の強い猫のような普段の態度ではわかりかねる愛しい恋人の数少ない甘えた姿、だと少なくともリーズは思っている。
それにも関わらず問題と言うのは。
(……うーん)
リーズが正しく男だから、と言う一言に尽きる。
一目惚れをしてアタックを繰り返し、ずいぶんと多大な苦労をした上で傍にいることは許されたものの、それ以上触れることはまだできていない。サルガドさえ許可してくれるならば抱き締めたいしキスもしたい。計った距離を乗り越えて付き合いをもっともっと深めたい。男の欲などそんなものだ。
とは思うものの。
(……はぁ)
その許可が出るかと言われれば否だ。リーズにとっては少なくとも同性であることに意味はない。男であろうと好きにはなるし、実際になっているのだから。ただ、今の問題が同性を愛したこと、かつ触れるまで行けない今の状況が生み出したものと言われればそれまでだ。少なくとも、リーズにとって同性を好むという点は別に問題にならないが、サルガドがそうかと言われればそんなことはないだろう。多分。
「……サルガド」
小さく呼んでみるも、すやすやと眠る姿に変化はない。むしろ身動ぎをしたことでまるくなっていた身体が伸び、何か夢でも見ているのか寄せられしかめられた眉が整った顔付きの中で少々残念だ。
指先を伸ばし、起こさない程度に眉間に触れる。簡単に眉が緩めば思った以上にあどけない寝顔が露になってどきりと心臓が跳ねた。一度は離した指先でそっと頬を撫でて目尻に履かれた朱を親指でなぞるように指を滑らせる。
接触をあまり好まないサルガドが眠っているとはいえ触れることを許している。触れさせてすらくれない普段から考えればこれだけでも十分すぎるのだけれども。人間の欲はそう簡単に尽きはしないもので。
(……)
こくんと小さく息を飲んだ。覆い被さるように顔の横に手を置いて身を屈める。リーズの重みにきしりと小さくベッドが上げる悲鳴にサルガドが起きないようにと願いながら。
そのまま身を伏せるようにしてそっと唇を重ねた。一瞬、ほんの少し触れるだけの軽いキス。
「……」
その至近距離。
ふっと睫毛が揺らいで瞼が持ち上がる。赤い瞳と視線が合って、数秒。
「……起きた、か?」
微かな声で口にするも、寝ぼけているのかぼんやりとした視線のままリーズを見上げる姿はそのまま、ゆるりとその腕が上がった。サルガドの指先が頬をなぞる。寝ぼけているのかいないのか。否、間違いなく寝ぼけている。そうでなければこの事態はない。まず間違いなくない。
指先がするりと落ちる。緩やかに数度瞬いた瞼がまた赤い瞳を隠す。深く繰り返される呼吸に安心したような残念なような感覚を覚えて安堵とも落胆とも付かない溜め息を吐き出した。
(……心臓に悪い)
好きな人の行動ひとつひとつに心臓が高鳴るなど、まるで思春期の子供のようで自分のことながら僅かに自嘲気味に笑う。自分の思春期など、戦いに明け暮れて魔物の血に身を浸していたようなそんな時間だったことを思い出す。その後は、また化け物との戦いだ。そう考えると今の状況は昔から鑑みれば随分と平和だ。外は妖魔がはびこる世界だというのに、ここだけがとても。
身体を起こしてもう一度髪を撫でる。さらりとした感触のそれは指先を滑って落ちた。触れるだけでいい。今だけは。
「……今度覚えてろよ」
届かない悪態をついてその横にごろりと横になる。せめてと腕を腰に回して背後から抱きしめるような形にして、ふああと欠伸をひとつ。そっとうなじに軽く噛み付くように歯を立てるような悪戯をしてみせても、随分とぐっすりと眠っているのか身動き一つしない。
自分も眠ろうと思いながらそのまま目を閉じた。
+++
ぼんやりと、目が覚めた。
思い出そうとしながらゆるゆると目を瞬く。場所はベッドの上。そういえば、寝ていたサルガドを抱き締めて自分も寝たんだと思い返して、ぼうっと腕を動かそうとして……止める。
(……?)
向きが。違うような。
確か自分は背後から抱き締めるように眠ったのであって。だが、下げた視線の先には灰色の髪が見えた。少しだけ、考える。何か違う。そう、違っている。少しだけ悩むようにしてから、ゆっくりと腕を動かした。触れるのは、薄い背中。
そっと髪を撫でた。背中に腕が回されていて、まるで自分に抱きついているような姿に強く抱き締めたい衝動を抑えて抑えて緩い力で抱き直す。ただただ、ほっとしたような気分になった。少なくとも、嫌がられてはいないのだ、と。
安心したまま再度目を閉じる。きっと目が覚めたらまたあのつんけんした態度が戻ってくるのだし、今のうちにおとなしい姿を堪能しておこうか、と本人に悟られたら間違いなくワイヤーで縛られそうなことを思いながら。
→タイトルはこちらよりお借りしました。【as far as I know】
2012/11/27 Ren Katase