元来、くよくよしたり悩んだりすることは性に合わないのだ。別に短絡的ではないと自分では思っているが、同時にそう見えてもさほど大きな間違いではないとも思っている。そもそも他人にどう思われようが気にしていたらきりがないと言うことを、あの組織で理解したようなうっすらとした記憶がある。実際にそれが正しいのか、確かでない記憶なのだからわからないが。
「どういう関係かと申しましても……そもそもどうであれ、それを直接問い質す辺りで、短絡的だと言われませんか?」
投げ掛けられた問いにメレンの表情が心底理解できないと物語っている。テーブルを挟んでその向かい、ソファに深く腰かけたままで返された問いにいいやと首を横に振った。思われたことこそ数多くあるだろうが、それを直接言われたことは少ない。……少なくとも欠片で思い出す記憶の中には、と言うところではあるが。
「悩むのは嫌いなんでな。だからといってあのサルガドが真面目に返してくれるとは思えないから」
あんたに聞きに来た。声には出さずに言葉を言外に忍ばせれば、明るい茶の瞳を困ったように細めたメレンはそのまま視線をさ迷わせる。戸惑うような、困惑するような。
「とりあえず、友人だと言っておきますが……何故私なのです?」
「あんたは友人の男にキスをするのか?」
どこかはっきりしない、誤魔化すかのようなメレンの物言いに切り込むように告げれば、きょとんと大きく目を瞬いてからやれやれ、と言った風に吐息を落とした。ソファに深く座り直したメレンは緩く足を組み、くすりと小さく声をたてて悪戯ぽく笑う。
「……あの時の視線は貴方でしたか」
悪びれることも恥ずかしがることもせず、ただ確認するように口にしてからそうですね、とメレンは言葉を続ける。気付かれていたということを言葉で理解する。あの時ちらりと視線を向けてきたのはおそらく間違いではないのだろう。……リーズがいることを確認してから口付けたような気がしたのは気のせいだろうか。
「彼を好いている人間ですよ」
「キスができるだけ俺より近いだろ」
「あいにくとあの後拒否されまして」
ゆるりと首を振ってから冗談のように告げるメレンは言いながらほら、と頬にかかった髪を避けるようにして見せる。女性ほどではないが白い肌に一筋の赤い傷跡。引っ掻いたようなそれはまだ新しく、彼の言葉と共にその傷がおそらくサルガドの爪によるものだろうことがわかる。
攻勢に出る辺りでサルガドらしい、と意識の端で思う。口で文句を言いつつ、その上でさらに手や足が出る。そんなリーズの認識はおそらく間違っていないし、実際にそういう男だろうことは簡単に予想できる。
「それで。何故私にそれを?」
改めて、というようにメレンは口にする。微笑む姿は変わらないまま、ただふとその雰囲気が変わったような、気配が変わったような、そんなような錯覚。ふ、と思い出すのはあのサルガドの左肩にできた酷い傷で。一瞬それを問おうとして、言葉を止める。キスだけでも抵抗されているような状況である上に、あのサルガド自身の弱みを見せたがらない性格から考えてもメレンが知っているとは考えづらい。
「……ちょっとな」
もしも、メレンとサルガドの関係がリーズが思うよりも深いものであるなら、リーズが彼を守る必要など本当はないのだろうが。だがこの口ぶりから鑑みれば、おそらくはそういうことはなさそうだった。
「……彼に、思うところでも?」
微笑みながら問いかける声に一瞬言葉を失う。思わず目をそらしてから、どう考えても態度で図星だとばらしているようなものだと思う。それと同時に自分はそそこまで隠し事が苦手なのだろうかと溜息混じりに自分の髪をかき回した。
「まぁな」
「好いている、と?」
随分と突っ込んで聞いてくるな、と思いつつもそれを否定することもできない。そもそも間違っていないわけだから、否定する必要性すら感じない。それでも言葉にはしづらくて、声は返さない、返せない。おそらくメレンには解りきっているのだろう、くすくす、と小さく笑い声を立てた。
「好いている、と言うのは否定しないのですね」
「そもそも、したところであっちじゃなくあんたとサルガドの関係を聞きに来た時点でバレバレだったんだろ?」
諦めて言葉にする。サルガドのことを聞くのならば、元々この世界の住人であるメレンよりも、直接の上司であるらしいレッドグレイヴに聞いた方が確実だ。そもそもどこまで覚えているかどうかと言う点においてはわからないが、少なくとも互いに関しての認識があるのは間違いない。
それに、リーズが知りたかったのはメレンとサルガドの関係だ。それをレッドグレイヴに聞いたところで知らない可能性が高く、むしろ藪蛇をつつく可能性も否めない。そもそもサルガドも自分もメレンも男であるということは脇に置いておくにしても、だ。
「貴方は抵抗はないのですか?」
「あいにくそこまで気にするような繊細なタマじゃないんでね」
そもそもリーズにとって、性別はあまり意味を持たない。好きになると言うのはある意味で生理現象であると言う心持ちが故に、好きになるならそんなものと言う認識だ。それに加えての悩むことを嫌うこの性格なのだから。逆にメレンはと言えば、自分から好いているというのだからおそらくはそういう抵抗もないのだろう。
肩を竦めて言葉を返せばメレンは変わらずに楽しげな様子で小さく声をたてて笑う。膝の上で指を緩く組んでやれやれと肩を落とすように息を吐いた。
「なるほど。それで、私に釘を刺しにでも?」
「聞きたかったのは関係なんでね。あんたがサルガドと深い関係じゃないって言うなら別に。選ぶのはあいつだからそこまでできない」
「馬鹿正直ですね。……私のことはお気になさらず。むしろ応援しますよ」
フラれましたし。さらりと言って見せて笑うメレンの口許が、何かをぼそりと言ったような気がしたが、それを理解する間もなくメレンは言葉を続ける。
「少しぐらい強引な方がいいかもしれませんよ。なかなかに彼は鈍感ですから」
あっさりとした発言になるほどと納得する。今までの付き合いから考えても彼は他人から向けられる好意にすら鈍感……というよりも身構える節がある。今までどんな環境で暮らしてきたのやら、問いかけてみたいがそれを聞いたらワイヤーが飛んでくるだろうことは想像に難くない。
「強引、ねぇ」
直球で思いを告げたところで鼻で笑われるか馬鹿だろうと罵られるか野蛮人が私に何を言うかと蔑まれるか。むしろ全部フルコースでされそうな気もしてリーズは無意識に表情を歪める。触れるのを嫌う野良猫を捕まえるには時間をかけて慣らすのが得策だろうが、そもそもなついてくれるかどうかがまず疑問だ。
その前に、守る気はあっても告げたり触れたりする気はないのだから、強引も何もあったものではないのだが。メレンにそれを告げる必要もないと感じてそれ以上は言葉にしない。
「……あんたは本当にいいのか?」
「えぇ。……どちらにしろ」
考え込んでからふと思い出したような問いかけにメレンは微笑む。言葉の最後はあまりにも小さすぎて、リーズの耳には届かなかった。怪訝そうな表情を向ければにこりと笑みを返され、その柔らかく穏やかな表情につられるように笑みを返す。何かを企んでいるのだろうか、と疑ってしかるべきではあるだろう。たが、いかんせん企んでいるという気配も企んでいないという気配もない。そこを疑えば、キリはない。
……もっとも、それがあるとしてメレンという男が他人に見せるかと問われれば否だが。
「なら、遠慮なく奪うかな」
奪うつもりというかそもそも誰のものではないのだがと思いつつも、冗談混じりに言えばどうぞ、と返される。簡単な物言いに張り合いがないと言えばそうだが、ここまであっさりと応援されるといっそ不気味でもある。じっとメレンを見据えるようにしても返るのは普段通りの穏やかな笑み。信じていいのだろうか。自らの心に問いかけても言葉は返らない。
「……諦めるのか?」
「さぁ。どちらにしろ恋敵に教えると思いますか?」
ふふ、と。どこか楽しそうに笑いながら言う。さもありなん、と頷き返したリーズは視線をさ迷わせるようにしてから言われた言葉に思い出したようにぱちりと瞬いた。
「……恋敵?」
「えぇ、恋敵です」
問い返せば笑顔で繰り返される。こうしていともあっさりと言ってのけると言うことはつまり、どう考えても。
「それはつまり諦める気なんてないってことか?」
「どうとでも取っていただいて結構ですよ」
あくまでメレンはにこやかな態度を崩さない。好きになったからこそ諦められない。……その感情は理解できるが、この穏やかな姿の中にそんな感情を隠し持っているのだろうか。もちろん、見た目にわかるという話でもないが。
「……どうしました?」
黙り込んだリーズを怪訝に思ったのかメレンの声が問いかけてくる。いや、と緩く首を振ればそうですか、と柔らかく微笑んだ。ブラウにしろ、このメレンにしろ。一癖も二癖もあることにかわりはないだろう。
「……後悔するなよ?」
「そちらこそ」
立ち上がり、一言告げる。間に挟んだ本人からしてみればたまったものではないだろうが、宣戦布告に近いリーズの言葉にメレンはただただ微笑むだけだった。
もしもいつか。自分の気持ちを告げられるようなことがあるならば。
2012/08/04 Ren Katase