深く暗い、闇の中で。
貴方と言う光を、ずっと、待ってる。
+++
「マスター、早く帰ってこないかな」
「うん。楽しみだよねっ」
「二人ともはしゃぎすぎだよ」
「えぇー、楽しみじゃないの?」
「う……そりゃ今まで女所帯だったし、楽しみだけど」
「じゃぁいいじゃない、ちょっとぐらいはしゃいだって」
「いや、そういう問題じゃないよ!」
『こーら、何騒いでるの』
「お姉ちゃん、マスターまだ?」
「待ちくたびれちゃったー!」
『もう少しだから、おとなしく待ってなさいね』
「お兄ちゃんが来たら、一緒に遊んでもらうんだ」
「あ、アタシもー!」
「オレは歌を教えてもらいたいな。声、好きだし」
――ぽー……ん。
「あ」
「帰ってきた!」
「マスター、お帰りなさい」
『やぁ、ただいまみんな。待たせたね』
「マスター、マスター! お兄ちゃんはー?」
「連れて来てくれたんでしょー?」
『あはは、二人ともはしゃぎすぎだよ。今、入れるからね』
「これで、全員揃うんだな」
「あ、そっか! 楽しみー!」
「お兄ちゃん来るの、マスターも楽しみにしてたもんね」
『さ、入れるよ。少しおとなしくしていなさい』
「はーい!」
「はい」
「わかったー!」
《Vocaloid-KAITO インストールしますか?》
《→Yes No》
+++
《インストールが完了しました》
響く、無機質な機械音。
ゆっくりと目覚める意識。闇の中、何かに手をのばしたような気がして。
ふ、と目を開けば――。
8つの目が、俺のことを見てた。
思わずばちっ、と目を開けば、お互いにきょとんとした顔。
あぁ、ここでは初めてだけど見覚えがある。
MEIKO姉さんと、妹のミク、それから双子のリン、レン。
俺と同じ、【VOCALOID】――歌うために作られた存在。
『インストールが終わったよ。みんな、カイトは目を覚ましたかい?』
不意に聞こえた声。リンが大きなリボンを揺らして虚空に向けて手を振る。
同じ方向を見上げたレンが僅かに笑み、頷く。
「はーい、マスター! カイト兄起きました!」
「まだ色々把握できていない感じですけれど」
『そうか。じゃぁみんな、少しどいてくれるかな』
聞こえるのは、柔らかい声。
その声に従って、離れていくみんな。
そして、前に現れるのは小さな、窓。
ここはパソコンの中で。だから、みんながいる。
よほど潤沢にお金を所有している人でないと俺たちを現実に連れて行くのは難しいから。
この、窓は。
俺たちと外を繋ぐ、いくつかの方法のひとつ。
「……」
それは、直感。
画面に現れたその姿が、俺のマスターだ、という。
『おはようカイト。それと、初めまして。僕がこれから、君のマスターになる。よろしく頼むね』
マスター。
この人が、俺のマスター。
俺を歌わせてくれる人。
俺が、声を捧げる人。
マスターは柔らかく微笑んでいた。さら、と少しだけ茶色の髪が揺れる。
「……はい、マスター」
それに、俺も笑い返して。
俺はゆるりと頭を下げた。
「俺のこの声は、マスターのために。マスターのためだけに、歌わせてください」
2008/03/08 Ren Katase