例えば。
メイコは酒。
ミクはネギ。
リンとレンは二人合わせるとロードローラー。
片方ずつならミカンとバナナとか。
ネット上の情報だと、カイトはアイスらしいけれど。
さて、実際はどうなのかな。
「それじゃ、今日はここまで」
『はい。ありがとうございました、マスター』
プロジェクターの上でカイトがぺこりと青い頭を下げる。
光の加減なのかプログラムの加減なのか、時折紫色が混ざって綺麗だなぁ、なんて思った。
いつもの通りの仕事のあと、こうしてカイトの調声を行い始めてから数日が過ぎた。
最初は随分と音ずれなどが多かった彼は、素直なせいもあるのか伸びが速く思えた。
……リンやレンがちょっとじゃじゃ馬だっただけかな?
『マスター、今日の俺、どうでしたか?』
プロジェクターから身を乗り出す勢いでカイトが言う。
あぁ、そんなに前に出たら僕から君が見えなくなってしまうよ、カイト。
実際に身を乗り出してから自分でそれに気付いたのだろう。カイトは照れたように笑ってきちんと立ち直した。
「うん、だいぶ良くなったよ。無調声でもそれなりに歌えているし」
『あの、それって調声されてない方が上手いって意味に聞こえます』
おずおずと上目遣いにこちらを窺いつつ言うカイトはとても幼く見える。
14歳の設定を持つリンやレンよりも時々幼く見えるのは、おそらくまだ調声がしっかりしていないせいだろう。
彼らボーカロイドはインストールされた際にある程度の知識と性格付けをされている。
だけど、インストールされた直後はまだ発展段階。経験がないから定められた設定よりも幼く見えるんだ。
それを調声を繰り返すことでどんどん経験を積ませることで、定められた設定に近くなっていく――ということらしい。
今のところ僕がリンとレン、ミクしかきちんと調声してあげていないせいもあるだろうけれど、まだよくわかっていない。
肩を落としたカイトにそんなことはないよと笑ってあげれば、ぱぁ、と表情が輝いた。
素直なのは、最初の性格付けもあるんだろうなぁ。
「君の声はやさしくて綺麗だからね。これからも期待してる」
『はい、マスター!』
そうしてふと、思い立つ。
かちりとノートパソコンに繋いだマウスを操作して、ひとつ、カイトの前にプログラムを落とす。
視線を外していたカイトの側からわ、という小さな驚いたような声がした。
振り返れば、僕が与えたプログラムをまじまじと見ているカイトの姿。
『あの、マスター、これ』
「うん、アイス。好きなんだろう?」
カイトの手元に乗せられているのは小さなアイスのカップ。
僕とアイスとを交互に見比べて、カイトは嬉しそうな顔を隠しきれていない。
きらきらと目が輝いている。まるで子供みたいだ。可愛いなぁ。
『ありがとうございます、マスター! あの、食べていいですか?』
「あぁ、いいよ。落ちてからでもいいし」
電源を切ってからでも、と言うとカイトはいつの間にか現れたスプーンを咥えたまま悩むように眉を寄せた。
ええと、ええと、と困っているのか何か言いたげにこちらを見あげてくる。
そうして、小声でぼそぼそと呟く。
『……マスターの傍に、いたいです』
随分と可愛いことを言ってくれる。驚いて言葉をなくしていれば、窺うようにカイトが視線を上げた。
笑い返せば、少しだけほっとしたような表情になる。ぺたりとその場に座り込んで、スプーンをアイスに入れて一口。
へにゃり、という効果音が付きそうなとろけた笑顔で嬉しそうに食べる。
……見ているこっちが幸せになりそうな表情だなぁ。
「おいしいかい?」
『はい!』
黙々とアイスを一心不乱に食べる様子はモバイルで表示されている小ささとあいまってまるで小動物。
あぁでも、これだけ喜んでくれるならあげる甲斐はあるかな。
思えば、ミクもリンもレンも最初にいちばん好きなものをあげたときはすごく喜んだっけ。
なんて、もう1年も2年も前のことを思い返す。
しばらくして空っぽになったのだろう、カイトはコートの裾をぱたぱたと払って立ち上がる。
『ご馳走様でしたっ』
「うん。また上手く出来たらご褒美にあげるよ」
『本当ですか!』
きらきらとまた目を輝かせる。そんなに好きだったなら、もう少し早くあげればよかったかな。
楽しみにしてます、と言い残してカイトはぺこりと頭を下げ、プロジェクター内から姿を消した。
そのままプロジェクターの電源を切っておく。静かになったパソコンを見つめていれば知らず、笑みが漏れた。
明日は、他の子たちにもひとつ、何か欲しいものをあげようかな。
喜んでくれる表情が、ただ見たかった。
2008/04/09 Ren Katase