「……兄さんはスキンシップ過剰だと思う」
不意に投げかけられた声に俺は目を瞬いて首を傾げる。今はパソコンの中、珍しくも俺たち全員に姉さんとマスター付き。
俺たち4人はパソコンの中、マスターはテーブルのいつもの位置でいつものように頬杖を付いて、姉さんはそのマスターの向かいでワンカップ片手に晩酌中。
逆に俺たちはと言えばマスター側から俺、ミク、リン、レンの順で並んで座ってる。もちろん、言い出すのなんてレンしかいないわけで。
というか、俺を兄さんと呼ぶのはレンしかいないんだけど。
「……そう?」
首を傾げたままレンを見る。例によってあぐらをかいた上に頬杖を突いているレンはどこか不機嫌そうで、でもこれがレンの普通なんだってリンは笑ってた。
レンは俺を見てからリンとミクに視線をやる。促すようなレンの目線に2人はお互いを見やってから揃って俺を見た。
俺をまじまじと見つめる、緑と青の目。
「……言われてみれば?」
「カイト兄は誰相手でもぎゅー、とかするしねっ」
可愛らしくミクが首を傾げ、リンが言いながらぎゅー、の部分で自分を抱きしめるような仕草をしてみせる。
それを見ていたレンがやっぱり、とでも言うようにうんうんと納得して頷いていた。
そもそも自分ではそんな感覚まったくなくて、いきなり言われた上に言い出したレン以外のミクやリンにも肯定されてしまってちょっとショックが大きい。
困り果てて顔を上げればにこにこと機嫌よさそうなマスターと視線が合った。俺を見てにこりと笑みを深める。
『初めて聞いたな。そんなにくっつくのが好きなんだ?』
マスターに誤解を受けそうな予感がする。ひしひしとする。どんな誤解で何が誤解なのかよくわかってないけどっ。
見たからに慌てているだろう俺の横でレンがうんうんと物凄くしっかりと頷いて、それにリンとミクが続く。
「いやあのっ、一応理由はあるんですっ」
理由と言うにはあまりにも子供っぽくて、あんまり言えることじゃなかったんだけど。
ん?とマスターは首を傾げる。その向かいでおそらく何もかもわかってるんだろう姉さんがくすくすと笑っていた。
『理由?』
「は、はい……」
言いづらくてうつむいた。頬が熱くなるのを感じて言葉を失う。どう口にしたらよいのかわからないままマスターを窺うように見やった。
「……あの、俺、好きだって言うのがよくわからなくて。
でも、自分が嬉しいことを相手にすれば、相手も嬉しいかなって」
『……なるほど』
インストールされてそんなに長く日にちの経過していない俺には、わからない感覚がたくさんある。
それは感情だったり、それに付随する他人への考え方だったり。
姉さんやミク、リンとレンがいるから俺単体でいるよりはずっとわかってる方なんだろうとは思っているけど。
でも、好きって気持ちはわかるけど、俺にはその現し方がわからない。だから自分がされて嬉しくて、好きだって思うことをやってみる。
それが、傍にいる3人を抱きしめる、って形。
「最初からそう言えばいいのに」
「そうだよカイト兄、いきなりぎゅー、はびっくりするんだよっ」
「お兄ちゃんらしいね」
今まで言っていなかった3人からも3者3様の反応。……そうだよね、俺、言ってなかったよね……。そんなことをしみじみ思った。
マスターはと言えば納得したのか楽しげな笑みを浮かべて俺たちを見てた。視線を一度姉さんに向けてからまた俺に移して今日はかけていた眼鏡のブリッジを押し上げる。
『触れないのが惜しいなぁ。触れたら僕からもぎゅーってするのに』
そんな風に冗談混じりに両腕を広げてマスターは笑う。きゃあと声を上げてリンが喜び手を差し伸べ、ミクが笑ってレンが肩を竦めた。
あはは、と軽く笑い声をあげたマスターは手をおろす。いつものようにテーブルに頬杖を突いて楽しげな笑みを浮かべてた。
『カイトの好きの形は分かりやすくていいね』
「そ、そうですか?」
『うん。生きる時間が長いとどうしても素直に表現できなくなるから』
そう言ってマスターは肩を竦める。人間は大変なのよー、なんて姉さんが続けて、人間だけじゃないよとマスターにたしなめられていた。
俺は、マスターの元で目を覚ましてからまだ半年ぐらいで、多分マスターが言うようなことはまったくわからない。他人と関わることでそういうのを知っていく、ってことは何となくわかるけれど。
『何もしないでただ傍にいることが好きの形になることだってあるしね』
頷いてマスターは笑う。でもその笑みがどこか複雑な姿で、俺にはマスターがどうしてそんな笑みをするのか、どういう理由でそんな表情をするのかがわからない。
俺の知らない『何か』。いつかそういうのがわかるときがくるのかな。
……俺は、ボーカロイド。歌を唄うソフト。人間になれない、人を真似た存在だけど。
「……マスター」
『いつか、君たちと近くなれればいいね』
2008/09/06 Ren Katase