静かに歩くマスターを横目に見ながら歩を進める。時折吹く風にマスターの茶色の髪が揺れて、夕暮れの光が元々色素のあまり濃くないマスターの髪の色を淡く見せた。
街を見下ろせる高台。広々とした場所だけれど人気もない、風の音と、木々がざわめく音が少し。
そもそも俺がどうして今ここに居るか――それは数時間前に遡る。
『カイト、ちょっと出掛けるよ』
それをいきなり言い出したのはマスターだった。てっきり弟妹や姉さんも一緒かと思えば、何故か俺と二人きりだって。
『いいなー、アタシも行きたい』
『マスターも兄さんも気を付けて』
『デートになるのかな、いってらっしゃい』
デートとまではっきり言われてしまう俺とマスターの関係は、恋人……なのかもしれないけど、俺にはまだはっきりしない。だから、とりあえず曖昧に笑って頷いておいた。
マスターはといえば姉さんと話しているようだった。無駄に高性能な耳が拾った声は、『やっと覚悟が決まったの』みたいな。そんなことを言っているようだった。
そうして、マスターが運転する車に揺られて少しして……言われるままに付いてきて今に至る。
そもそもどこに行くとかそういう話をなにも聞いていなくて、ただマスターが呼んでくれるからついていく、みたいになってしまっているんだけど。
「カイト」
「あ、はい」
考えていたら少し遅くなってしまっていて。慌てて離れた距離を縮める。マスターから伸ばされた手で手が握られて、手のひらから伝わる温もりにほっとした。
しばらく歩けば、ちらほらと見えてきた、石。メモリの中にある色々なデータと照らし合わせれば……それは墓石なのだと理解して。それと同時に墓地に何の用事?と思わず首を傾げた。
やがて、マスターの足はひとつの墓石の前で立ち止まる。
「ついたよ、カイト」
ぱちぱちと目を瞬いて、俺はマスターと墓石とを見比べる。繋いだ手に少しだけ力を込めて、マスターは微笑んだ。
「紹介するよ。……僕の両親だ」
墓石に視線を向けながら、マスターはそう言った。
マスターはぽつりぽつりと話をしてくれた。
ご両親が事故でなくなったこと。小さい頃の何気ない思い出。姉さんは元々マスターのお父さんのボーカロイドだったこと。
一通り話してから、困ったような、照れたような表情を浮かべてみせて。
「……大切なひとができたら、連れてこようと思ってたんだ」
するりと繋いでいた手が離れて俺の肩に回る。くん、と軽く力を込められたから引き寄せられるままに身体を寄せた。
「父さん、母さん……女性でも人間でもないけど、僕のいちばん大切な人です」
「他にも、たくさん家族ができたんだ……もう、寂しくないよ」
マスターの口元が、穏やかな笑みを形作る。その姿はどこか、悲しそうにも、楽しそうにも見えた。
「あ、の」
手を伸ばして、マスターの背中の辺りの服をつかみながら思わず口を開いた。マスターが不思議そうな表情をする。
「俺、マスターの傍に居ます。マスターが寂しくないように、ずっと、一緒にいますから……!」
死者に声が届くかどうかなんて、俺は知らないけど。だけど、言わなきゃいけないと思った。
「だからどうか、傍にいさせてください。俺たちを見守っていてください……」
言い終わるかどうかの瞬間に、マスターの腕の中に抱き込まれていた。マスターは俺の首筋に顔を埋めるようにして、顔は見えない。
ただ、囁くような声で「ありがとう」とマスターの声がした。その肩が微かに震えているのは、見ないふりをした。
ややあって、マスターが顔をあげる。すまなそうな表情で笑ってから、一度はほどいた手をまた繋いでくれた。
「マスター」
「報告したから……帰ろうか」
「はい、マスター」
普段よりももっと、安心したような表情を浮かべるマスターが歩き出すのに合わせて俺も歩き出す。
不意に、風が頬を撫でたような気がして無意識に立ち止まる。
「カイト?」
「いえ、何でもないです」
それは、偶然だったのかもしれないけど。
マスターのご両親からのメッセージだったのかもしれないなんて、思ったんだ。
2011/04/03 Ren Katase