Suicide Syndrome


 【僕が君たちを愛した理由】

 ずっと、僕は……謝りたかったんだよ、メイコ。
 認められなかった自分自身を、今でも悔やんでいる。
 僕が彼らを愛するのは、君や父へ、自己満足の贖罪だ。

 そうして、今、たったひとりが愛おしい。
 今なら、父さんがすべてをはぐらかした理由がわかるんだ。


 「おいで、カイト」
 マスターに手招かれて、少しだけ悩んで。
 不思議そうにするマスターにぎゅう、と抱きついた。
 だきつきぐせ、だって言われたけれど、これがいちばんわかりやすい「好き」の形。
 マスターは俺の背中をよしよしと優しく撫でてくれる。
 その掌はいつだってやさしくて、あたたかい。
 「あー、お兄ちゃんだけずるーい!」
 「アタシも、アタシもっ!」
 高い声が二つ、響いて。あはは、とマスターが笑う声。
 左右でくっついたミクとリンが不満そうに口を尖らせていた。
 どうしようもなくなって俺が手を離せば、二人でマスターにしがみつく。
 マスターは困ったように笑いながら二人の頭をなでていた。
 「……マスターって、本当にボーカロイドに優しいですよね」
 ぽつり、と口を開いたのはリンを追ってきたんだろう、そこにただ立っていたレンだった。
 呆れたような表情でリンを見て、それから一度俺とミクを見てからマスターに視線をむける。
 「単なるソフトなのに、このボディだって安くないし。……ニンゲンみたいに扱うし」
 「レン!」
 「マスターはオレたちをニンゲンにしたいみたいだ」
 咎めるように飛んだのはリンの声で。ちらりとレンはそちらに視線をむけてから俺を見た。
 じ、と見つめてくる緑色の瞳は不思議なぐらい透き通っていた。
 時々レンはひどく気難しい。少年と言う年齢の不安定さなのかな、って前、マスターが言っていた。
 ……俺には、よく、わからないんだけれど。
 「……そう、だね」
 マスターが、小さな声で口を開いた。妹たちを見ていた視線をあげて、俺とレンを見る。
 そうして、小さく頷いた。
 「少し、話をしようか。おいで、4人とも」
 そう言って歩き出したマスターに、リンとミクが続く。
 一度すれ違いざまに俺を見上げたレンはふいと視線を逸らしてそのまま3人を追った。
 いつものリビング。
 ソファの真ん中に座るマスターと、両横にリンとミク。
 その傍にダイニングテーブルの椅子を持ってきたレンが背もたれを抱えるように座っている。
 後ろ手に扉を閉めて、俺もダイニングテーブルの椅子に腰かけた。
 マスターは俺たちを見回し、それからいつものように笑う。
 「もう、7、8年ぐらい前の話。ひとりの青年がいたんだ」
 ゆっくりと、マスターは話し出す。
 いつも俺たちに指示をくれる、柔らかい声で。
 「彼の家は音楽が絶えなくて。そこに音楽があるのが普通の家だった」
 「ある日、青年の父親がDTMの虜になった。流れから言って当然だったと思う」
 ミクも、リンも、レンも、俺も。
 誰一人、口を開かずに。ただ、マスターの声を聞いていた。
 「そんな折、ボーカロイドが家に来た。子供が青年しかいなかった夫婦は、彼女を娘のように可愛がった」
 マスターが、誰のことを言っているのか。
 3人とも、すでに理解しているんだろう。
 昔を懐かしむように、瞳を細めて、マスターの言葉は続く。

 青年の父親に指示され、どんどんと歌を覚える少女。
 少女が上手くなればなるほど、喜ぶ夫婦。
 特に、妻は本当の娘のように可愛がっていた。
 彼女にボディを与えたのも、夫が妻の願いをかなえたからだと言う。
 少女は歌った。夫の為に、妻の為に。

 「青年はずっと、それを見ていた。愛されていなかったわけではないよ。夫婦はやさしい人だったから」
 外側だからこそ、見えるものが、ある。
 「ある日、彼は気付いたんだ。
  彼女が恋をしていることに。……自分のマスターである、青年の父親に対して」
 嫌悪感が、勝ったという。
 俺たちボーカロイドは、「人を模した存在」。それが、人と同じように恋をするのか、と。
 嫌悪、軽蔑、憎悪。そんな暗く、深い感情しか、得られなかった。マスターは言う。
 「……その人と、そのオンナノコは、打ち解けたの?」
 リンの声が、マスターの声を遮った。
 怒るでもなくただ笑って、マスターはリンの金の髪を撫でた。
 「……4年前。夫婦が亡くなった。事故だった」
 聞いたことが、ある。まだ、俺がボディを得る前に。
 マスターのご両親は、4年前。飲酒運転のトラックに追突されて、2人揃って即死した、と。
 今でもマスターは、月命日にお参りに行っているから。
 「青年に残されたのは、かなり小さかったけれど曲がりなりにも一企業の社長だった親の遺産と――彼女」
 見ているこちらからでも、ぎゅ、と。ミクとリンの掌に力が入ったのがわかった。
 マスターがふと顔を上げた。俺と視線があって、ふわ、と笑うから、俺も笑い返す。
 「やっていけるなんて思ってなかった。破棄してしまおうかとも考えた。でも、できなかった」
 「……何故?」
 問いかけたのはレン。マスターはすぃとそちらに視線をむけた。
 「彼女が、泣いていたから」
 機械だというのなら容易かった、とマスターは言葉を続ける。
 どこか、苦い笑みで笑う姿は思い出しているんだろうか。
 「その姿が、人間そのもので。泣かなかった自分も、何だか泣けてきてね」
 2人で揃って泣いた、とマスターは照れ笑いで言った。
 そうして、そうやって打ち解けたんだと笑う。
 「……おかしいと思ってもいい。でも、だからこそ。人間と違うのに、人間にいちばん近い君たちが愛おしい」
 言って、マスターは横にいるリンとミクをぎゅう、と抱きしめる。
 きゃあ、とリンの驚いた声が上がった。
 視線をむければ、レンが少しだけ、困ったような、難しい表情をしていた。
 こちらの視線に気付いて、ぷいと横を向く。
 「いつまでも大好きだよ、大切な僕のボーカロイドたち」



2011/04/03 Ren Katase