「はじめまして、マスター。VOC@LOID01-02、KAITOです」
やわらかい笑みを浮かべ、起動したカイトはオレに向かってそう言った。
+++
そもそも、オンナノコが大好きなオレがどうしてカイトを得たのか。
それは大体一ヶ月ぐらい前に遡る。
オレには妹がいる。一回り以上離れた、まだオレの半分ぐらいの年齢の妹。正直な話で美人だし、性格もいい。オレにとっては目に痛くないほどの大切な妹だ。
その妹が、DTMに興味を持った。中古でカイトを探し出し、親に何であるかを知らせずに(オレがやっているものだ、というのは告げているらしい)購入したらしい。ミクやリンレンはなかった、とのこと。
ボーカロイドたちはボディを得ることで、スピーカーから出るのとはまったく違う、生の歌声を披露できる。それに気づいた妹は、カイトのボディがほしいと親に進言。……だけど、いい年頃の娘(しかも実家はそれなりの家柄だ。興味ねぇけど)がそんな、ボーカロイドであって人間ではないとはいえ、成人男性の姿をしたボディを購入したいなんていうのは両親にとっちゃ青天の霹靂。一も二もなく却下されるのは目に見えてる。
しかもここ最近、01タイプの旧ボディを持つボーカロイドがマスターを殺害するなんていうニュースが出てるもんだから、妹の周りは誰一人許可しなかった。ちなみに01タイプってのはメイコとカイトのみ。ミクとリンレンは02になる。後期型の三人はボディを作る際も調整がかかっていて、刃物やとがったもの、つまりはマスターに直接危害を加えられるようなものは持てない仕様になっている。
そんなわけで、今度はオレにお鉢が回ってきた。何せ、親はともかく妹はオレがミクを所持していることを知っていたから。
親からの連絡。『ミクとカイトを交換しろ』ってちょっと待てと。
オレの大事なミクですよ。音感のないどころかピアノロール? 音符? 何それおいしー?なオレに付き合って、笑いながら一緒に頑張ってきたのに手放せだとー!?と、マジギレ五秒前ぐらいのオレは親に一言申し出た。
『カイトのボディをつけてくれたらいい。もちろんいちばん人間に近いやつで』
……それがある意味裏目に出た。親は妹のためなら金に糸目をつけねぇってことを忘れてたオレが何より悪い。あの親、さくっとカイトのボディ購入して(しかも最上級品って何じゃそら)オレに連絡してきやがったわけですよ。
諦めたオレは交換に頷いて、その前にケイに連絡して、譲渡とアンインストールとの違いを聞いて、でもって結局譲渡、と言うことになったのでミクはアンインストールしないですんだ。『たまには遊びに着てね、マスター』とか笑ってたミクがいじらしい。
そうしてミクが出て行って一週間。
届いたのはボディが入ってるだろうでっかい箱と、カイト。インストールして、ボディとつないで――今に至る。
正式名称はVOC@LOID-01-02/KAITO。これがメイコだと01-01/MEIKOになり、ミクやリンレンはVOC@LOID-02-01/MIKU、VOC@LOID-02-02α/RIN、VOC@LOID-02-02β/LEN、となる。あんまり関係ない余計な豆知識。
「……マスター?」
カイトが不思議そうに首をかしげる。さら、と青い髪が揺れた。そういえばケイの奴は『カイトの青い髪が好きなんだよね。空みたいできれいだろ』とか言ってたような気がする。
「悪い、なんでもない。ま、これからよろしくな」
「はい、マスター」
ふわり、笑う。身長はオレより小さくて、170cmあるかないか。前にケイの家で見たカイトよりもどこか華奢に見えるのはボディの問題だろうと思う。……オレがボディに口出ししたからだろうなぁ。条件をちらっとつけた。1に腕力は減らすこと。力でオレが勝てるように。2に身長は下げること。体格差で勝てるように。ぐらいだけど。親はちゃんとオレの要望を聞いてくれたようだ。何つーかこう、さすがすぎる。
にしても……確かに人間じゃねぇんだが。本当に綺麗だな。顔もだけど、それだけじゃない。空気、みたいのが綺麗だな、と。オレにはまぁ、ケイみたいに野郎に対して恋愛感情を持つっつー趣味はねぇ……少なくとも今まではそう思ってっから、特に気にはならねぇんだけど。これは確かに、「そういうこと」を求めてDTM知りもしねぇのに購入する奴がいるってのもわかる気ぃするな……ケイはそこまで深くニュースとか知ろうとしねぇから……多分、知らねぇとは思うけどよ。知ったら、どうすんだろな。
カイトはこれが考えをめぐらせている間にもマスターであるオレの言葉を待っているんだろう、じっとその場に立ち尽くしたままオレのことを真っ直ぐに見ていた。その、宝石のような青の瞳と、人にはありえない絹糸みたいな綺麗な青の髪。男ではあるんだけれど、どことなく男とも違うような――そんな、中性的な。
「カイト」
「はい、マスター」
名前を呼べば、静かに声が返る。その声も、男性的ではあるもののやや高めの声。……あぁそういえば、ジェンダー弄ってやるともっと女性的になるって言われてるな、なんて思い出してみて。KAITOの女性型だからKAIKO、とか呼ばれてたっけな。後で遊ばせてもらおう。
ぴりり、ぴりり、と音が鳴った。手元に置き去りにされていた携帯を取って開く。耳に押し当てれば、声がした。
『お兄ちゃん、生きてるー?』
「おぉ、悠奈。ミク届いたか?」
妹の悠奈。目に入れても痛くないほどの大事な妹だ。オレの声に背後でマスター!というミクの声がする。何とか届いたか、よかったよかった。
『うん、ありがとうねお兄ちゃん。ミクのボディ買ってもらったら、今度遊びに行っていい?』
「あぁ、来い来い。楽しみにしてるぜ」
ぷちん、と通話が切れる。ちらりとカイトを窺ってもその表情は変わらない。ミクも最初はそうだったし、最初インストールしたばかりのボーカロイドたちは表情や感情に疎いからな。これからゆっくり変わって行ってくれるだろう……実際にミクがそうだったからな。……うん、楽しみだ。
立ち上がってカイトの前に立つ。少しだけ低い身長。オレを見あげてくる青の瞳を見つめて、それからパソコンのマウスを弄り始めるのをカイトは静かに見守っているようだった。アプリケーションのKAITOにケイからもらった楽曲を読み込ませて、カイトを振り返る。
「歌えるか?」
「今、読み込んだ曲ですね。はい、歌えます」
静かにひとつ、頷いて。カイトは胸元に手を当ててすぅ、と息を吸い込む。次に口を開けば、高らかな良く通る綺麗な声が部屋の中に響き渡った。ミクとは違う、男性的な声。それでもその声は不思議と柔らかく響いて、耳に痛いということがない。そうか、ケイが言っていたカイトの声が耳に心地良い、というのはこういうことか。
しばらくしてカイトが声を止める。瞑目してた瞳を開いて、僅か、笑った。オレはそのカイトを見やってぱちぱちと軽い力で拍手をしてやる。
「どうでしょうか、マスター」
「うんうん、いい感じだな。綺麗だ」
「ありがとうございます」
まるで子供のように笑うから、手を伸ばしてわっしわしとその頭を撫でた。きょとんとカイトの目が瞬いて、照れたような困ったようなそんな複雑な表情を浮かべてる。結構人間と変わらない顔するんだな……ふむふむ。手を離してオレがぐしゃぐしゃにした髪を綺麗に戻してやって、その顔を覗き込んだ。
「今度、あるところに連れてってやるよ」
「あるところ?」
カイトが不思議そうに首を傾げる。ケイのところなら同じカイトもいるし、新しい曲ももらえるし、唄に関しての調教もいい話が聞けるだろ。あいつもあいつでボーカロイド……あんだけ興味なかった……いや、あれは興味がないなんてモンじゃなかったけど。とにかく、随分と興味持ち直したみたいだからな。色々とあったみたいだけど、よかったよかった。同じボーカロイド同士で何か話すこともあるだろ。ミクも向こうのミクと仲良かったし。
「あぁ。楽しみにしてろ」
「はい、わかりました」
そうして、オレとカイトの共同生活が始まった。
2008/09/21 Ren Katase